【特別編】愉快な宵闇のオモチャ箱
- 好奇
- 2016年10月31日
- 読了時間: 7分

………この“国”は、甘ったるい香りで溢れている。
終焉の時を知らない仮面舞踏会をバルコニーから見下ろしながら、リデレは吊り上がる歪んだ口の端をチロリと舐めあげる。
この国は大変愉快だ。 面白おかしく滑稽で、そのくせに妖しい魅力を湛えている。
そんなリデレの思いに賛同するように、真っ赤な血の色をしたバラの花をその身に生やしている階下の骸骨が、手の内から広がる音色に酔うように、背を反らしてアコーディオンの歌を響かせる。
海賊めいた派手な装飾で身を飾り、骸骨や精霊、更には亡霊といった人ならざる者しか存在しない舞踏会に艶やかな演奏を添えるバラの骸骨は………やはり、滑稽。
そしてこの甘ったるい香りがよく似合う程には、美しい。
フフンと満足げに笑みを零すと、リデレは賑やかな階下にヒラリと背を向け、仲間達の元へと滑るように歩き出す。 彼の数歩先にある装飾されたラウンドテーブルからは、件の“甘ったるい香り”が溢れるように流れてくる。
それもそのはず、と鼻をヒクヒクさせて、リデレはテーブルを見つめてゴクリと喉を鳴らした。
光を透かす蜜を煮詰めてミルクを足したように柔らかい色のそのテーブルは、この“国”ーーー正しくは“異空間”だがーーーを創り出した魔法使い、シッドが溶かしたキャラメルに魔法をかけて作った物。
ツヤツヤとしたそれはしっかり立ってテーブルとしての役目を果たしているが、心を浮き立たせるような甘い香りはそのまま保たれている。
更に淹れたての紅茶にケーキ、そしてストロベリーやオレンジマーマレード等の濃厚な色をしたジャムを添えた焼きたてスコーンと、目に鮮やかなスイーツ達が食べられる瞬間を心待ちにするようにキラキラ輝きを放ちながら、キャラメルのテーブルの上に並べられている。
鼻孔をくすぐる甘い香りが途切れる事なく漂い続けるのは、そのせいだろう。
シッド主催のお茶会。
永遠続く舞踏会を見下ろしながらお茶を楽しむそれに集う者は、既に席に着いている僅か数名のみ。 そうでありながら階下の喧騒に負けず劣らず、騒がしい。
「……シッド、いくらなんでもそれはキャラメルを入れ過ぎだろう。その匂いを嗅いでるこっちの喉が甘さでただれそうだ、何とかしろ。」
「あはっ!残念無念愉快痛快、宵闇の詰まった秘密秘密のオモチャ箱!ここはボクの国だよリデリア!ここではこれくらいキャラメルを紅茶に入れるのが当然常識、礼儀の理!」
「お前さんの頭の中身を晒け出したような支離滅裂さに付き合う気はない。この国の常識は他の国の非常識を掻き集めて凝縮したって追いつかないくらいバカげたものだと知る事だ。」
そう鼻を鳴らして、清潔な包帯で目を厚く覆う魔法使い、リデリアはカップの持ち手に指を添えると、品のある動作で口元までそれを運んで、口付ける。
白磁………であっただろうそのカップは、シッドの魔法に塗れて酷く落ち着きの無い配色になっている。
彼……いや、彼女だろうか。 どちらの性を主張する事もない魔法使いの2つの瞳の色、それがカップの表面でせわしなくクルクルと泳いでいる。
やけに甘そうな橙と、夕暮れ時の薄紫を暗く沈ませたような紺。 艶のあるその2色が誰かの手の内で生きている様子は、見る者に何とも言えない気味の悪さを与える。
しかし………、だからこそ、愉快。
夢のようだ、と、リデレは満足げにニィィ……と笑う。 奇妙さの中にはたっぷりの夢が詰まっている。
そして“夢”そのものも、中から溢れて外に漏れだすくらいの奇妙な不思議と憧れで満ちている。 つまり……、奇妙で不思議な不思議なこの国は、“夢”そのもの。
なんて素敵で、素晴らしい。
夢の中にいない今、自分は“夢”の中にいる。
こんなに愉快な事は無い!
背筋を走り抜ける快感にゾクゾクと全身を震わせて、リデレは滑らかに踊るような足取りでテーブルのすぐ傍に歩み寄り、自分の右側にある大仰な造りの椅子(これもキャラメル製)にちょこん、と座る女の子をヒョイと軽く抱き上げて、愛おしそうにゴロゴロと喉を鳴らしながらその場でグルグルと回る。
「ガール!ガール!ガールは今どこにいる!ガールは今ここにいる?夢の外の“夢”の中、この不思議な国はガールのよう!ガール、ガール!ガールの中にリデレはいてリデレの中にもガールがいるのに、どうしていない、ないナい、ないナイなイ?いない、ナ、い無い、ニャ、ニャニャニャ?ガールはリデレの傍にいる要ル居る!ガールは今どこにいる?ガールは今ここにいる!」
「………サガし もの、リデレ ハジメ まし テ の なかヨし サン、リデレの とおく ちカク で コンニちワ しましょ。」
抱きすくめられてなす術もなくリデレの生み出す回転に飲み込まれている女の子は、クキン、と小首を傾げて歪な言葉を呟く。
揺れる耳は頭から長く生え、その片腕、片脚は存在しない。 ブランと脱力させた手足をゆらゆら揺らしている女の子と、興奮した様子でどんどん回転のスピードを上げていくリデレ。
そんな彼らをチラリと目の端で捉えたリデリアは、カチャリとカップを置きながら嘲りを込めてフン、と再び鼻を鳴らす。
「実際に存在するとも知れない夢の中の女の子とやらに随分と固執している、哀れで素晴らしいマスターだな。アレにあのウサギめいた不完全な人形を与えたのは、お前さんだったか?シッド。」
そう言いながら、テーブルの上に置かれたガラスの小瓶を手に取ると中に詰まっている濃紺の液体をひと雫、カップの中に落とす。
するとカップを満たしている紅茶に微かな波紋が広がり……、その揺れに合わせて、紅茶は鮮やかなよ闇の色に染まる。
特定の魔法の掛けられた水は、水面に映る物を水の中に溶かしてしまう。 これはよく澄んだ夜の空、星のささやかな輝きを纏う濃密な夜そのものを溶かした『夜空のエッセンス』だった。
リデリアはガラスの小瓶を元の場所に戻すと、今度はキャンディ製の丸みを帯びた小瓶から小さな小さな金平糖を取り出して、キラキラと星の輝きを放つ夜の紅茶に溶け込ませ、ついでとばかりにもう1つ小粒の金平糖を摘んで口に含ませる。
シッドの国はいつまでも夜が続き、空を彩るやけにカラフルな星は手を伸ばせば誰でも掴む事が出来る。
この金平糖はお茶会が始まる前にシッドが空から採ってきた、とれたての星。 お気に入りの星を口内で転がして満足げに口の端をほころばせるリデリアに、シッドは「まさか!」とケラケラ笑う。
「ボクの作ったお人形はあんなに大人しくないよ!好奇心旺盛でちっともジッとしてられないんだ。」
「ほう…?作り手によく似ているものだ。」
嫌味というよりは半ば感心したようにリデリアは言う。
夜の冴え冴えのした冷たさを纏っている小さな金平糖はすぐに溶けてしまうが、甘さはたっぷりと口に残る。
陽気なキャラメルの風味がする金平糖の星の甘さを取り除くように、夜空の紅茶を優雅な手つきで口にするリデリアに、シッドは「ま、その通り。」とおどけたように肩をすくめる。
「あのお人形が大人しくなかったら、ボクの作るお人形とそっくりなんだけどね。カタコトだし、欠損してるし。」
そう言って、ほとんど溶けたキャラメルばかりで紅茶の香りも味も押し潰してるトロリとした紅茶(?)に口を付ける。 コクリと喉を鳴らして、カップをソーサーに戻すと、シッドはくふふ、と小さな笑みを零してリデレを見つめる。
リデレはいつの間にか回転を止めていて、自分の人形を元の椅子に戻し、上機嫌で歌うように話し掛けていた。
「ペガサスは幻、美しき獣ニャ♪だけど、けど、ケド、ペガサスはメデューサの血から♪生まれたニャ ニャ ニャ♪汚れを捨てて真白の毛並みになったら、それは大層美しい♪だけど、ケド、けど?純粋すぎたペガサス達は、いとも簡単に壊れてく♪」
自分の人形しか目に入っていない様子のリデレをジッと眺めていたシッドは、くふふ、と再び笑う。
「………………ボクさぁ、彼の事好きなんだよねぇ?お人形を作ってあげても良かったくらい。」
そう言うと、突然目を大きく見開きながらケタケタケタケタと派手に笑う。
「だってだってだってさ、夢で出会った女の子にいつまで経っても興味津々!生き生きした好奇心をデロデロに腐敗しちゃった好奇心で包んで目一杯その身に詰めているんだもん、一緒にいて心地いいったら!」
リデレが傍にいるのに、まるでその存在を見失っているかのように大声でそう言いながら、シッドは高らかに哄笑する。 その服に描かれた『!』と『?』の目が、歪に叫ぶシッドの声に合わせてギョロリとチグハグに回る。
「ふふ、ふふふふふ、ふふっふふふっあはははははっ!!!愉快愉快ッ!この世はなんて愉快なんだろうねぇッ!!!」
リデレの歌と、シッドの笑い声。 不協和音を奏でるそれらは、階下の仮面舞踏会の元に舞い降りて、美しい骸骨達のダンスに紛れて消えていく。
蒸せ返る程のキャラメルの香りに包まれた、面白おかしく美しいこの国は、今日も穏やかならない愉快で満ちていた。 to be continude...
Comments