【特別編】魔法のお菓子は奇術の香り
- 好奇
- 2017年10月31日
- 読了時間: 10分
女の子は何で出来ている? お砂糖とスパイスと色んなステキ。 女の子って、それらで出来ている。 じゃあ、男の人は? 男の人は、溜息と流し目と嘘の涙で出来ている。 それなら、魔法使いは? 魔法使いはね。 心に満ちる夢と幸せ、そこに夜の雫を一滴垂らして出来ている。 ね、とっても綺麗で素敵でしょう? でもね、どうかお気を付けて。 魔法使いは、おもちゃ箱で踊る無垢な妖精のようなもの。 悪戯が大好きな彼らの魔法には、ご用心、ご用心。 「ふひひっ♪」 異様な程つば広の帽子の奥から、嬉々とした声が漏れだす。 帽子の端から覗いている長く突き出した耳にはトランプの柄が整列し、そのすぐ脇で爛々と光るのは、喜びと興奮に満ちた瞳。 大きく開かれている巨大な古書にぺたんと座り込み、その古書を操りながら広大なお菓子の家の中を自在に飛び回る、小さな小さな魔法使い、バベルはとてもご機嫌だった。 魔法使い達は程度の差はあれど、自由奔放な者がほとんどだった。 その関係から多くの魔法使いは人間の世界に収まる事を好まず、各々魔法を駆使して異空間を生み出し、その異空間を《国》と呼び、そこで暮らしている。 それぞれの魔法使いの居城となる《国》へ訪れる事が出来るのは、《国》の主である魔法使いに気に入られた者だけ。 たとえ魔法使い同士であっても、自分に興味を向けていない魔法使いの《国》へ自由に行き来する事は不可能。 魔法使いの大半が生活しているのは、そんな特殊な空間だった。 バベルも例外ではない。 お気に入りの古書の中にバベルが作ったのは、童話がそこかしこに溢れて息づく、歌と踊りの絶えない国。 その自分の国と人の世界を繋ぐ巨大な本を肌身離さず持ち歩き、バベルは頻繁に魔法使いや面白い人間を招いては遊びにいそしんでいた。 今日も魔法使いを2人招待してお菓子の家でお茶会を開き、その後、お菓子と魔女の童話をモチーフにしたゲームをしているのだった。 ルールは簡単。 「魔女側と子ども側に分かれて、先に相手側の頭に1人でも嚙みついた側の勝ち!噛みつくのは自分じゃなくて、魔法で生み出したものでもいいよぉ♪その他のルールは一切なし!」 ……と、いうもの。 お茶会中にルールを叫びながらクッキーを頬張っていたバベルは、そんな奔放すぎるルールにして良かった、と、魔法で押し広げたお菓子の家の中をスイスイ飛びながらひひっ、と笑う。 自由こそ糧だ、とバベルは思う。 エゴの絡まない自由は、楽しい。 「チョコレートの屋根にジェリービーンズの丸い窓♪クッキーのテーブルにはぁ?ジャムとチーズをたっぷり添えて♪狂気は甘い香りにひた隠し♪」 小動物を思わせる可愛らしい声で歌いながら、バベルは子どもの指揮者のようにぶんぶんと腕を振るう。 その腕の流れを追うように薄桃色の粒子のような光が舞い、やがてそれらは緩やかに弧を描いて、幻想的な渦をあちこちに生み……その渦の中心から、チョコレートやジェリービーンズ、そしてキャンディといった、狼をかたどった規格外に大きなお菓子が次々に生まれていく。 「さぁさぁさぁ『ヘンゼル』に『グレーテル』♪そろそろ追いかけっこに決着を♪食うか、食われるか、決着を!」 帽子を飾るリボンを揺らしながら、バベルは高らかに両腕を振り上げる。 そして、 「いっけぇ!お菓子の獣ちゃんたち!バベルちゃんに勝利を!」 爛漫の笑みを咲かせながら、両腕を薙ぎ払う。 魔法によって生まれたお菓子は命に従い、轟くような咆哮を上げると、弾けるように『ヘンゼル』と『グレーテル』を狙って襲い掛かる。 一方の獲物の2人組は危機に瀕していると知りながら、暢気なものだった。 「あはっ!美味しい美味しいお菓子を猛る動物に変えられるなんてさっすがぁ!《童話》の魔法使いらしくて面白いや!ねぇ、そう思わない?『ヘンゼル』!」 「確かに、魅力的で素晴らしい魔法だね『グレーテル』。……でも、僕らの魔法だって負けちゃいないさ。そうだろう?」 「至極当然まったくもってその通り!《好奇心》の魔法使いのボクと、《冒険》の魔法使いの君。それに……ボク等にはとっておきある。そんなボク等に勝とうなんて、無理な野望というものさ!」 「ははっ……心強いな」 そう言いながら、唸りをあげて迫りくる獣へと『ヘンゼル』はスラリと腕を突き出す。 「――――おいで。僕の魔法の餌食にしてあげよう」 切り揃えられた白銀の前髪をふわりと揺らしながらそう呟いた、次の瞬間。 真っ直ぐに伸ばされた『ヘンゼル』の腕の先から金の粒子が溢れだし、『ヘンゼル』を守るような球体が生まれ、粒子は球面に奇妙な紋様を描き始める。 緻密な金の流線が生み出した球体へと、大気を震わせるような激しさで凶悪なナイフのような牙をむき出しにしながら次々に突撃していく獣達。 金の球体は何もせず、その中央に佇む『ヘンゼル』は、目を細めて微笑むばかり。 直後、球体は凶器そのもののような狼に囲まれ、魔法で強固にされた鋭い爪や牙に弄ばれていく。 甘い香りを振りまく幻獣じみた大きさの狼達に蹂躙されている金の球体は、そのひとかけらの光さえ、外からは見えない。 本の上に跨ってその一部始終を眺めていたバベルは、キャッキャと無邪気な歓声を上げる。 「お菓子ちゃんたちつよいつよぉい!『ヘンゼル』消えていなくなった!」 そう言ってひらひらと両手を振りながら飛び回るバベルの後を追うように、厚手の花弁のようなトランプが帽子の端から溢れ、お菓子の家の中に舞い散っていく。 「ふひひっ♪さてて残るは1人だけ♪」 宙で大きく旋回しながら、バベルは歌う。 その一瞬の後に、形勢が逆転するとも知らずに。 「――――レディース・アーンド・ジェントルマーン!ミルフィーユ・アーンド・シュトーレーーーーーン!!メープル色の光差す、甘やかな幻想が織りなす夢の世界……そこで煌めくのは、一体誰か!濃厚なクリームと果実の芳醇な香りが立ち込めるお菓子の家、この家を成しているのは魔法のお菓子!そう!甘い芳香を漂わせるチョコレートやクッキーの貴方達!貴方達こそ!この喜劇の舞台にして愛らしく魅力に溢れるお客様!」 「きゃあ!?」 バベルは素っ頓狂な声を上げ、それに合わせて帽子の先がピョコンッと跳ね上がる。 バベルが驚いた理由は2つ。 まず1つは、全くもって予想外の人物の声が突然響き渡ったから。 もう1つは、高らかに伸びる声に命を吹き込まれたかのように、ただ地に落ちていくだけだったトランプ達が蝶のように羽ばたいて、バベルの目を隠すように覆ったから。 「なっ、なに!?なにこれぇっ!?」 慌てふためきながらわたわたと目を覆うそれを払おうとするも、その意思に反してトランプはバベルに絡みついて離れない。 真紅のハート、漆黒のスペード。 そして、それらの柄を清く整列させている、純白。 視界を埋め尽くすトランプは無邪気にバベルにすり寄ったまま、少しもじっとしていない。 「あっはは!その顔最っ高だねぇバベル!」 うろたえるバベルのすぐ脇、そこから弾けるような笑い声があがる。 「あは、せっかくだからもっともっともおっと驚いてもらおっと!――――マスリー!」 「ええ、わかってるわ!それじゃあいっくわよ、リッチマン!」 「世紀の大奇術師の腕の見せ所ですね、マスリー!いきましょう!Let's show time!」 その言葉が言い終わるか否か、唐突にバベルの視界は開け、それとほぼ時を同じくして鳥の羽ばたくような音があちこちから響いていく。 ようやく自由になった目をきょろきょろと動かしていたバベルは、わ!と再び驚きの声を上げる。 つい先程までバベルの目を覆っていたトランプ達は、いつの間にか赤と黒の模様で白い翅を彩る本物の蝶になり、群れを成してお菓子の家の中を悠々と舞っている。 目を丸くしたまま地に目を落とすと、空を仰ぐようにして勝ち誇ったような微笑を浮かべている男と視線がかち合う。 金の球体に包まれて、狼達に翻弄されるばかりだったはずの『ヘンゼル』だ。 彼は遠くから見てもわかる程に満足げにしっかりと立っていて、全くの無傷。 更にその足元を、柔らかな七色に染まる小ぶりのアジサイのような何かがわらわらと埋めていた。 よく見ると、それはフラワーアレンジメントで出来た手のひらサイズの小さな狼のようで、金の球体の中ですっかり『ヘンゼル』に懐いているようだった。 小花で出来ている尻尾をフリフリ振って、『ヘンゼル』に身を寄せている。 「あ、あれれぇ?バベルちゃんの狼ちゃん達がいない……それに、そのちっちゃい狼ちゃん達は誰ぇ……?」 「貴女のように愉快さに通じている方なら、もう分かっているんじゃない?狼達の行方を。そして、その行方を作り出したのは、素晴らしい魔法と私達奇術師の仕業だって事を!」 スッと風に線を引くように迷いなく通る声に『ヘンゼル』は花の狼の頭を撫でながら、うんうん、と頷く。 「彼女の言う通りだ。君の狼をこの金の球体魔方陣の力で小さくして、ついでに凶暴性を無くして見た目も可愛くしてあげただけ。君なら気付く範疇だろ?……それとね。悪戯と輝く夢で生まれた《童話》の魔法屋さん、バベル。僕等のショーは、まだ終わりじゃない」 「……え?」 きょとん、と小首を傾げるバベル。 そんな彼女にクスッと笑って、『ヘンゼル』……無地は、頭を撫でていた狼をひょいと抱え上げて、飛べ、と囁く。 命じられた狼は嬉しそうに尻尾を一振りすると、無地に背を向け、リッチマンの方へと大きく跳躍する。 人形リッチマンは臆しない。 糸目をニコニコと弓なりにしながら、待ってましたというようにキャンディで出来たフラフープを狼の進行方向にサッと差し出す。 狼は宙を蹴って飛びながら、迷わずフラフープをすり抜けていく。 そして、尻尾の先までフラフープから抜けそうになった、その時。 「夢の時間は、まだこれからっ!」 そう宣言しながら、マスリーは自分の背丈程もあるクラッカーを脇に抱え、躊躇なく狼に向けて紐を引く。 パァン!と轟く破裂音。 派手に飛び出す金のテープの豊かな流れに、手のひらサイズの狼はあっさりと飲み込まれ…………て、いたのだが。 「へぇっ!?」 「さぁ、とくとご覧あれ!これぞ奇術師の真骨頂!」 にっと笑うマスリー、驚嘆の声を上げて食い入るように狼を見つめるバベル。 クラッカーの波から飛び出した狼は花の姿のままだったが、その背丈はバベルの身長を優に超えていた。 魔法なのか、それとも奇術の為せる業なのか、バベルには判断がつかなかった。 「仕上げは任せたわよ、シッド!」 「りょーかぁい!あはっ、バベル!ボクはどーこだ!」 声のする方へと顔を向けるも、そこには『グレーテル』……シッドの姿はない。 「?」 「ここだよ!こぉこ!」 小首を傾げるバベルに近付いていくのは、トランプの蝶の群れ。 そのうちの1羽、真白の翅が薄いオレンジのヴェールに包まれている蝶が、見る見るうちに大きくなっていき……。 「よ、っと!」 くるり、と大きく前転するのとほぼ同時、ヴェールは色濃く蝶を包み、その一瞬の後に現れたのは。 「シッド!」 「あはっ♪魔法は奇術で奇術は魔法!今のボクって甘いキャラメルの妖精さんみたいだったでしょ?でしょ?」 ぱちん、と悪戯っぽくウインクをして、シッドはタイミングよく向かってきた花の狼にひらりとまたがる。 左手で狼を操りバベルの元へと再度近付いたシッドは、右手で髑髏と花が飾る自分の帽子を掴むと、それを器用にバベルの後頭部に回して顔を近づけ……。 「がぶっ」 「いっ……たぁ!!」 がぶり、とバベルの額に嚙り付く。 それを下から眺めていた無地は、金の膜を消し去りながらにんまり笑い、マスリーとリッチマンはぴょんぴょん飛び跳ねながらハイタッチを繰り返していた。 「このゲーム、ボク等の勝ち!そうでしょ、バベル?」 「……あ。そういえば、そんなゲームしてたんだっけぇ?」 自分の帽子を狼の頭に乗せてにっこり笑うシッドの言葉に、バベルはいつからかすっかり失念していたゲームの存在を思い出す。 1対2で始まったはずのゲームはいつの間にか1対4になっているし、バベルの国だというのにこの魔法使い達は勝手にマスリーとリッチマンを招き入れていたらしい。 全く困った人だなぁ、と、バベルは思う。 バベルが招き損ねてしまい、遊びの前に開いたお茶会でしょんぼりしていた原因となったこの2人をこっそり呼んで、その上ゲームにこんなショーを持ち込んでくるのだから、楽しくて仕方がなくなってしまうというのに。 本当に、困った人たち。 「ふひひっ♪やぁっぱりぃ、奇術と魔法ってすっごぉい!ねえねえもう1回遊ぼうよぅ!今度は負けないんだからねぇ!」 人形であるリッチマンよりも背の低い魔法使いは、そう言って満面の笑みを浮かべる。 童話の国は、今日もキラキラとした鮮やかな魔法に満ちている。 純粋な魔法に。
Comments