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【特別編】魔法の気配は宴で出会う

  • 好奇
  • 2017年10月31日
  • 読了時間: 10分

この世界は、3つの都市で成り立っている。 中央には最も栄えている都市、『からくり魔法』がある。 そして『からくり魔法』を円形に囲んでいる大きな湖があって、その西隣にあるのが、管弦楽や華やかなドレスが発達した街『メアリ=メウリ』。 そしてその反対側、湖の東隣にあるのは、雅やかな静寂を慈しむ街『零花落水』。 私の生まれ育った、素敵な街だ。 私の部屋に置かれた漆器の花瓶、そこに一輪挿した椿の花は、余計なものなどいらぬ、というように、少ない花弁を誇って凛と優美に咲いている。 そうした気品のある美しさが映える街、それが『零花落水』。 だから、私はこの街が好き。 この街の人が好き。 ————————なん、だけど。 (なんでさっきから私、ジロジロ見られてるんだろ……!?) 奇異のものを見るような、異様な視線に晒されて、私はほんの少しこの街の人に対して戦々恐々としているのだった。 今年も何事もなく巡ってきた冬に感謝する、雪見の宴。 この零花落水を代表する大規模な宴は毎年私の一族の屋敷の庭園で行われているのだけど、主催であるお父様には、娘である私の事をお客様に大仰に話す悪癖があって、そのせいで宴の最中はよく好奇の視線に晒されてしまう。 そんな時はいつも、小さな幼子を見るような、微笑ましげな目で見られるから、居たたまれない。 ただでさえ誰かに見つめられると顔が勝手に熱くなるから困ってしまうというのに、それを煽るような事をされると参ってしまう。 そんなこんなで、毎年この宴では視線との戦いになるのだけど……。 それにしても。 多い。 なんだか、視線の量が、多い!なんで! (零花落水の人達って、こんなに長くくっついてくるような視線なんて人に向けないと思ってたのに……!……わ、わわ、私、何かしちゃったのかな……?) 原因不明のまま向けられている視線の山は、気持ちのいいものじゃない。 少し、零花落水の人恐怖症になりそうなくらいだ。 少しだけ。 そんな事を思っている間にも、顔から火が出そうなほど赤面していくのがよくわかる。 (や、やだ……こ、ここここんな事で赤くなっちゃうなんて、ど、どうしよう……な、なんだか、ずっと見られて恥ずかしいし……どうしよう!) 赤い顔を見られたくなくてとっさに俯きながら、着物の裾をさばいてひたすら猛進する。 …………と、その時だった。 ぼす! ……と、何かと何かが衝突する音についで、頭に軽い衝撃が伝わる。 そして俯いた私の視界に映るのは、伊達襟に帯揚げ、草履と……、そのすぐ目の前にある、藤紫色の着物の裾。 「おっと。……君、大丈夫?」 俯いた姿勢のまま固まる私の頭上から降ってくるのは、やや低い柔和な声。 (あ、れ?……これ、まさか私、だれかにぶつかっ…………て……) 「!!……す、すみません!ちゃんと前を見ていなくてぶつかってしまってっ……!本当にごめんなさい!」 急いで深々と腰を折って謝る。 もうっ、零花落水を統べる領主の娘たるもの、気に掛かる事があっても不注意には気を付けなさい、って、お母様に教えこまれてるのに! 今日はなんだか、ついてない。 ちょっとだけ拗ねたくなる。……ふんっ! 腰を折って男の人には見えない顔を、少しだけしかめさせてみる。 ついでに尖らせた唇から不満が零れそうになって、慌てて元の顔に戻す。 言葉には魂が宿ると言うもの。 小さな不満でも、口にしちゃいけない。 ゆっくり身を起こして恐る恐る男の人を見上げると、男の人はやんわりと優しく微笑んでくれていた。 ……なんだか、女の人みたい。 雰囲気がどこか儚くて、丸みを帯びているように感じるのは、私の気のせいなんだろうか。 「いや、私も少し眩暈を起こしていてね。たたらを踏んだ時に君に当たってしまったようだ、すまない。……怪我はない?」 目の前の男性はそう言って、身をかがめて顔を覗き込んでくる。 (!……ち、ちか、ちかいッ……!) 優しい菖蒲のような色をした瞳がすうと近付いてきて、すぐ近くから見つめてくる。 零花落水の人らしい涼しげな目元、まるで作り物のように綺麗に整っている顔(かんばせ)。 目に掛る、光に透ける絹糸のような、細い髪。 ……思わず、間近に寄る男の人の、あまりにも色素の薄く雪のような雰囲気に魅入ってしまって……ハッ、と目を見開いて我に返る。 わ、わわ私ったら、一体何を考えて……! 慌てて、すぐに顔を逸らす、……つもりだったのに、その動きを、男性の手に阻止されてしまった。 大きな手が、私の頬を、覆ったから。 それだけで心臓が痛いくらいに飛び跳ねて、耳まで熱く火照ったのは言うまでもない。 「いっ…………な、なな、な、なにを……!」 「落ち着いて。……そのまま」 そう言って、男の人はじっと私を見つめて頬を覆ったまま、親指を私の口の際にまで滑らせて……。 (な、ななな、なにこれっ……なにこれっ……!) 「んんーーーっ……!」 「…………うん、取れた。もう大丈夫」 その言葉と共に、男の人の指先と顔がゆっくり離れていく。 ……とれた? 「と、と、とれた……って、何がですか……?」 「これ。顔についてたよ」 「え……あっ!」 私の口元を拭った男の人の指先を覗いてみると、くっきりとした紅色の練りきりの欠片が付着していた。 それには見覚えがある。 それはついさっき、食後の甘味として食べたものの破片。 かあぁっと顔が熱くなる。 「うそっ、わた、わたし、ずっと気付かないでこれを付けて……だから皆、私の事を見てたんだ……!」 やっと視線の意味を知れたけど、同時に恥ずかしさで焼けてしまいそうになる。 はぁ、と零れる溜息は質量を伴っているように重く、どうする事もできない。 唇を噛んで俯くと、ぽん、と頭に軽い重みが乗る。 顔を上げると、男の人が私の頭に手を置いて、慰めるように気遣いの表情を浮かべていた。 「大丈夫。それくらいの事はたまにはあるさ。そんなに気にしないで、大丈夫」 「…………えっと、……その」 ありがとうございます、の一言が喉に引っかかって、素直に出てこない。 ……だって。 綺麗な顔立ちの初対面の男の人に、顔を近付けられて、そのうえ口元を拭われて、頭を優しく覆われて。 (恥ずかしくて何も言えないよ……!) そうやって顔の熱を冷ませないまま口籠っていると、男の人は何かに気付いたようで、ああ、ごめんね、と眉を下げながら笑い、頭から手を離す。 「私は魔法人形の主人なんだが、その人形が女の子でね。いつも子犬のようにあちこちで遊んでは髪の毛を散らしたり口の周りを食べ物だらけにして帰ってきて甘えてくるものだから、今、君にしてしまっていたように接しているんだ。その癖が出て、つい馴れ馴れしくしてしまった。嫌な思いをさせてしまったかな。すまないね」 「あ、い、いえっ、その!嫌じゃないです!」 慌てて両手を振って否定する。 嫌な気持ちにはならなかったのは事実だ。 「ただ、ええっと…………少し、恥ずかしかった……だけ、なので」 「……そう言ってくれるんだね。ありがとう」 「……はい」 なぜだろう。 何か特別な事をされたわけじゃないのに、さっきよりも気持ちが落ち着かない。 耳の奥に響く柔らかな鼓動の音が……なんだか、少し、甘い気がした。 その音を噛みしめるように聞いていた私は、その数秒後、元気いっぱいの声にびっくりして跳ね上がることになる。 「たぁっだぁいまぁです、主様!」 「きゃあっ!?」 「あ。曙、お帰り。一体どこに行ってたんだ?……って、こら。また口の周りにたくさん食べ跡を残して……どこかで摘み食いしてきただろう?はしたないから自重なさい」 「だあってぇ、美味しそうな物がいっぱいあるんですよぅ!?摘み食いじゃなくってちゃんと食べていいものを頂きましたけどぉ、指と口が勝手に動いて止められなくてぇ!」 唐突に現れた小さな女の子は、髪を結う赤いリボンを愛らしく揺らして男の人にじゃれついていく。 男の人も、さっきより柔らかい態度だし……なんだか、置いてきぼりみたい。 「…………え、っと」 どうしようかな、と、思っていた矢先だった。 ん?と、リボンの女の子が振り返って私を見つめる。 (……わ、すごく綺麗な瞳……!つやつやしてて、ずっと眺めていたら吸い込まれてしまいそうな色の……) 「…………綺麗な、瞳……」 「へっ!?もっ……もしかして、私の事!?ねぇ聞きました!?主様!この方、私の瞳が綺麗だって言ってくれました!びっくりしました!」 興奮したように目を丸くしてそう言う女の子は、分かったから落ち着きなさい、と苦笑している男の人の言葉が耳に入っていないらしい。 いきなり私の手を握って、目を煌めかせて無邪気に笑う。 「私は曙!紫水様の思いと魔法で生まれた人形なんです!あなたは?」 「わ、私は………………って、え?」 曙さんの問いに答えようとしてつい聞き流してしまいそうになったけど、私は目を見開いて、男の人……紫水さんを見る。 紫水さんは、ん?と微笑んで、私を見ていた。 「……しすい、さん?」 「はい、紫水です」 にこっと優しく笑う、紫水さん。 ————————紫水さん。 お父様が何度かこの人の事を私に話してくれたのだった。 人間でありながら魔法のようなものを扱えたという不思議な人で、その力を使って零花落水の人々を支えてくれたという、素敵な人。 「あ、う、ご、ご本人……!」 「ご本人……?……ああ、もしかして私の事をご存じで?」 「は、はいっ!わ、私、この宴の主催の娘で、撒菱カヲルと申します……!し、紫水さんの事は、この零花落水の人々を助けてくださっていると父より伺っております。零花落水を収める領主の娘として、お礼を申し上げたいと常々思っておりました……!」 背筋を伸ばして裏返った声で答えると、紫水さんは不意に声を漏らして笑う。 (あ……なんだか、少し幼い笑顔……) 「……あなたは、よく赤面されたり表情がころころ変わっていく年相応の面がありながら、今のようにしっかりされた面も併せ持っている。ぶつかった時も、慌てながらでもきっちり謝られていた。……面白く、愛らしい方だ」 「…………え、えっ……」 くすくすと子どもっぽく笑う紫水さん。 その笑顔に、その言葉に、落ち着いてきた顔の熱がまた上がっていく。 すると突然、ずずいと胡乱げな顔が下から近付いてきた。 「……ちょっと、カヲル様。今、まさかとは思いますけど、私の主様に変な感情向けてないですよねぇ……?」 「!……い、いいいいきなり失礼ねっ!そんな事」 「無いとは言い切れない態度を取られとるけどなぁ」 「「きゃああああああっ!?」」 唐突に降ってきた声に、そして、いきなり頭上から鶯色の髪が流れ落ちてきた事に驚いて、思わず大きな声を上げてしまった。 「やっ、な、ななななにっ怖い!」 「あ、あああ主様ぁっ!」 曙さんと手を握り合って、紫水さんの元に駆け寄って力いっぱい腕にしがみつく。 一方の紫水さんは、私達のように慌てたりはせず、ただやれやれ、と首を振る。 「……一体何をやってるんですか、鶯さん。」 「いやぁ、あたしも人間達の宴に紛れて楽しもうと思ったんよ」 「突然宙から現れて、逆さの状態で浮いたまま正座しているようじゃとても紛れられませんよ」 「だめか」 「だめです」 「ところで紫水」 「なんですか?」 「逆さでいると、すぐに頭に血が上るみたいやわ。くらくらし始めとるんよ」 「自己判断で地上に降りてください」 「…………あ、あのぅ……、この方は、一体?」 ふわりと緩やかに弧を描くように身を回転させながら、ゆっくりと地に降りてくる女性をこわごわ見つめて紫水さんに問いかけると、女性は何の気なしに私を見据えて問いに答える。 「あたしは鶯。見ての通り、人間じゃない。魔法使いなんよ。……ま、そうは言うても、人形を作る事はもうやめてしまったけど」 「ま、魔法使い……」 「初めて見る、って顔やなぁ。あたしはカヲルの事、よぉく知っとるけどなぁ」 「えっ……?それ、どういう」 「それよりも、」 気になる言葉について問おうとしたら、鶯さんはピッと人差し指を私に向けてのんびり首を傾げる。 「照れ屋なのに大胆やなぁ、カヲル。腕にしがみつくなんて」 「え、…………!!」 言われてやっと、自分が紫水さんの腕に絡みついたままだったことに気付く。 「あ!ご、ごめんなさいっ!!」 真っ赤になりながら弾けるように紫水さんから離れる。 大丈夫だよ、と微笑んでくれる紫水さんの顔を、まともに見れない。 バクバクと跳ねる心臓の音を必死に隠そうとしていると、何やらチクチクした視線が飛んでくる。 確認するまでもない。 曙さんの視線だろう。 「…………ふんっ!いいですかカヲル様!主様の事をいっちばぁん!よく知ってて、いっちばぁん!近くにいるのは、私ですからねーーーーーーーーっだ!ふんふん!」 「……むっか!」 目をとがらせて曙さんを見ると、曙さんはサッと紫水さんの陰に隠れてイーっと舌を見せてきた。 カチンときていたら、鶯さんが1人納得したようにふむ、と頷く。 「仲がええなぁ」 「「良くない!」」 反射のように叫んだら、全く同じタイミングで曙さんも声を張り上げた。 か、かわいくない……! 「こら、曙?」 背中に回った曙さんを窘めるように呼ぶ紫水さん。 だけど曙さんはめげなかった。 私に向かって、 「ふーんだ!」 と威嚇する。 (……何なの、この子!) 「私こそ、ふーーーんだ!」 腕を組んでプイッとそっぽを向いて、私なりの宣戦布告をする。 「……似た者同士、やっぱり仲ええなぁ」 後ろでぽつりと呟いた鶯さんの言葉なんて、気にしないっ!


 
 
 

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